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からだのくせを知る

 

 

 ふだんの仕事の中で一番簡単なのが切り傷や骨折・ねん挫などの治療です。治し方が決まっているので工夫の余地はそれほどありません。いちばんむずかしいのは、頭痛・肩こり・腰痛などぱっと見ではわかりにくい症状の場合です。くすりやマッサージで軽くできるけれど、そこからが問題です。なぜこうなったのだろう?どうしてこの人に出たのか?なる人とならない人のちがいは何か?良くなっても長続きしない人がいるのはどうしてだろう?このように考えたときに「くせ」が気になるのです。

 

1 みんな違うけれどみんな似ている

 

 先日の箱根駅伝をテレビ観戦して気づいたのは、各大学別に選手たちの走り方に特色があるということでした。広く全国から選手がスカウトされて各大学へ入学しますから、最初はもっと走り方にバラエティがあったはずですが、チームとして練習するうちに何となく似通ってきたのだと思います。

 

 では一流の選手ならみんな同じような走り方をするのかと言えば、そうではなさそうです。やはりテレビ中継で見た全国男子・女子駅伝の場合、中学生~実業団の選手が出身都道府県別にチームを作って走りますが、走り方はとてもバラエティに富んでいます。それでも全員が全国レベルの選手なのですから、誰にでも当てはまる正しいフォームはないのだと思いました。

 

 からだのくせを観るときも同じです。絶対に正しい姿勢・からだの使いかたはないので、その都度人それぞれに向いた使いかたや疲れにくい姿勢をみつけていかなくてはなりません。

 

2 くせは生き方そのもの

 

 くせのなかには生まれつきに関わるものがあります。身長、筋肉のつき方、手足の長さや形、動作の俊敏性など持って生まれた素質からからだの動かし方が決まり、くせとなります。

 

 社会的・文化的な習慣も大きいです。アジアの多くの国では正座やあぐらをするのが日常生活の一部ですが、欧米系の人たちは正座やあぐらが苦手な方が多いです。また稲作文化圏では村落の中で他人と密接にかかわる機会が多く、長幼の順・礼儀作法を重視する習慣が育まれました。今でも私たちは相手との関係をおもんばかってお辞儀の深さを変えたり、目上の人の前ではやや前こごみとなり尊敬の意を示すなどなかば無意識にやっていることがありますが、これもくせの一種です。

 

 そして一人ひとりの経験からもくせが生まれます。子供は親を見て育つので、親の身ぶり・歩き方をよくまねます。ヒトの脳には他人の動作・表情をまねるための神経組織(ミラーニューロン)が内蔵されていて、上手にしぐさや表情をまねられるし、仕事やスポーツの動きを見て覚えられるのもこの仕組みがあるからです。つまりくせはその人のこれまでの人生に深く根差したものだと言えます。

 

 しかしくせの中にはまちがった動き方や自分のからだに合わない動き方が入っていることがあり、慢性的な肩こりや腰痛、スポーツや仕事の中で繰り返し発症するさまざまな故障や音楽演奏・スポーツなど技術面での伸び悩みにつながることもあるのです。 

 

3 くせは直すべきか

 

 くせのすべてが問題ではありませんから、その人の暮らしや仕事に差しさわりを生じたときにくせの修正を考えてください。たとえばなぜか自分だけ調子が良くない、故障が多いと感じたとき。とくに反復動作が多い職業・スポーツをしている方は注意してください。キーボード作業なら手指~前腕、介護職なら腰、ランニングなら膝~足、テニス・野球なら肩・肘というように、繰り返し負担のかかるところに累積型の故障が生じやすくなります。「塵も積もれば…」の例え通りです。

 

 今は問題がなくても将来を考えてくせを直すのもありだと思います。ただしその仕事・スポーツをよく理解していて、酸いも甘いもかぎ分けられる指導者がいないとなかなか難しかもしれません。ここまでくると治療ではなく予防ですから、医療は側面からのサポートしかできないかもしれませんね。

 

4 くせの取り方

 

  • 思っていることとやっていることは違う・・・自分ではちゃんとやっているつもりでも、じつはできていないことはざらです。信頼できる指導者のことばには耳を傾けましょう。

 

  • 細部にとらわれない・・・いきなり細かいことにこだわるのではなく、まずおおまかな動きづくりから始めよう。

 

  • 目より身体感覚を磨こう・・・目であちこちを観察するのではなく、動きの感覚を磨きましょう。

 

  • 色々な状況でシミュレーション・・・場所・シチュエーション・疲労度を変えても同じことができるようにしよう。