じっさいに手術をやっていたのはだいぶ前で、最近の事情を聞くと驚くことがあります。一方、基本はやっぱり同じだな~とも思っています。皆さんが(手術が必要なのかな?)と思ったときのアドバイスです。
1 生きるための手術、元気になるための手術、実験的な手術
大きなけがや病気で命を助けるために手術をする。たとえばやぶれた大血管を治したり、重要な臓器を守るために手術をするのは外科医冥利に尽きます。やるときはやるしかない!ので迷いもないし、あとはベストを尽くすだけです。
整形外科医の私の場合、そういう場合もなくはなかったのですが、機能を復活・改善させるためにメスを握ることが多かったです。あるとき電車の中で声をかけられて、「先生のおかげで歩けるようになった」と言われたときはうれしかったです。命を救うわけではないけれど、それが良くなったら患者さんの人生が変わる。これも大事な手術の目的だと思います。
もうひとつ、今ある治療法では良くすることができないとき、一般的な方法ではないけれど治る可能性があると考えて手術が行われるときがあります。そこに至る前にさまざまな研究や実験(動物で同じ治療をするなど)をして検討を行い、病院の倫理審査委員会をパスし、患者さんやご家族の同意を得て行われるもので、大学病院や一流病院で行われます。患者さん+医学の進歩のために行われますが、当然リスクも存在します。
ここでは、私の経験から機能を良くするために行う手術について考えてみたいと思います。
2 手術しか方法がない?
機能を復活させるために手術を考えた場合、まず考えなければいけないのは「ほんとうに手術しか方法がないのか?」です。安全で、肉体的・精神的に負担が少なく、効果的な治療法が望ましいのでできれば手術をしたくないと考えるのが人情ですが、じつはお医者さんたちだって同じです。できれば切らないですましたい。冷静を装っていても、やはり人の体にメスを入れるのは心の負担になります。いや、そういう気持ちを持つ医師こそ外科医になるべきであって、何人切った!と得意になるような人は外科医失格です。そんな医師はいないと信じたいのですが、長くこの業界に暮らしていて、そんな人は絶対にいない!と自信をもっては言えません。
だから患者さんたちも自分なりに調べることが大切です。手術以外に方法がないのか信頼できる情報を集めたり、複数のお医者さんに聞いてみたり、最後に決めるのは自分だと考えてください。自分の意見を強く押し付けたり、あまりに突飛な意見だったり、すすめる方法に利害関係を持っていないかなど、慎重な判断を行いましょう。
私の場合、かかとの手術を受けたとき、まったく迷いはありませんでした。専門分野なので、この手術は必要と知っていたし、信頼できるお医者さんに任せたので安心して手術を受けることができました。
3 大谷選手の場合
大リーグで活躍する大谷選手がひじを傷め、2回目の手術を受けました。トミージョン手術(じん帯再建術)+人工じん帯を使う特殊な手術だそうです。24歳で1回目の手術ですから5年しか持たなかったわけですが、大リーグにチャレンジして二刀流の大活躍、ホームラン王になるまでよく役に立った!とも言えます。プロとしてかけがえのない時期、時速150キロで球を投げ続けることができたのですからもとは取ったのかもしれませんね。あたらしい手術がどれくらい持つのかわかりませんが、年間ウン十憶円と言われる収入がこれから数年続くだけでも大きな違いになるでしょう。
でも一般の人だったら数年しか持たないかもしれない手術を受けるのがいいことなのかよく考えないといけません。人工股関節の場合今は20年以上(かそれ以上)持つと考えられていますが、ひざはもうちょっと短いようです。そのほかの関節ではさらに期間が短くなります。手術によるからだの負担を考えると(壊れたら直せばいい!)という考え方は危険です。
リハビリも大変です。大谷選手にはきっと専属のセラピスト・トレーナーがついて、文字通り血と汗と涙のトレーニングが続くことと思います。それでも復帰しようとする意志と実行力はまさにプロの鏡ですが、一般の方がそこまでやるか・必要があるのかは?です。
4 手術を考えたとき
健康保険が整った日本では割合気楽に手術が受けられますが、整形外科のように機能を良くする手術法の場合、絶対的適応(誰が見ても手術しか手立てがない状態)があることはまれです。また手術でなにもかもがすぐに良くなるわけでなく、完全には治らなかったり、長い安静期間が必要だったりもあり得ます。急場の治療ではありませんから、たっぷり考えて判断されることをお勧めします。