クリニックをはじめて5年めのある日、急に呼吸が苦しくなり動けなくなりました。その後も気分が悪く長くは立っていられません。食事がのどを通らず、腕がしびれ、夜もぐっすり眠れなくなりました。自分で(ストレス性?)と診たてたものの、クスリを飲んでもふらふらするだけでした。そのとき役立ったことが二つあります。ひとつはスタッフがしてくれたマッサージ。そして今回お話しする一日1万歩のウォーキングです。
1 1万歩のひみつ
正確には「数千から1万歩」ぐらい、毎日歩きました。1万歩って長いと思いますか?軽快に歩くと、だいたい1時間で6・7千歩は歩けます。家の用事や仕事中が3千歩(人によりけり、少ない人や多い人もいる)とすれば一日1万歩はそう大変ではありません。クリニックの休み時間を使って、一日30分くらいから始めました。はじめはのんびり歩いてもふらふらしましたが、やってみると(これならなんとか続けられるかな)と思いました。
1か月を過ぎたあたりから(良さそう!)な気がしました。となりの駅やふだん行かないあたりまで足を延ばし、ときどき電柱一本ぐらい走ってみたりするうち、しだいに体調が戻るのを感じ始めました。その後はご存じのように、元気になりました。マラソンやトレランをやり、ストレッチや筋トレが習慣になりました。それなりに年を取ったものの、まだまだやれそう!と思えるようになりました。
最近の研究で「1日1万歩の習慣がもっとも長生きしやすい」という報告があります。それより少なくても効果はありますが、1万歩までは寿命の延伸効果があり、それ以上歩いてもあまり変わらないのだそうです。私なりに解説してみます。
2 歩くことで脳のスイッチを切り替える
あのころ仕事が急に忙しくなったうえ、医師会の仕事も加わって心と体がまいってしまったのだと思います。運動不足だとわかっていたものの、忙しくてそれどころでない!というのが当時の正直な気持ちでした。今はわかるのですが、「できない」理由は実際に時間が取れないというよりも、気持ちに余裕がなかったのです。気持ちの切り替えができず、いつも同じことをぐるぐる考えている。これでは脳が休まりません。スイッチがいつも入りっぱなしで、オーバーヒートしている状態ですね。
これを良くするために大事なのは脳のスイッチをこまめに切り替えることです。いつも同じ脳の部分ばかりを使っていると故障しますから、いろいろなところを順番に使い分ける必要があります。ボーっとしていても歩けるように感じるのは、意識に上らない部分の脳を活発に使っているからできる芸当なのです。
おおむかし、狩猟や採集で人が暮らしていたころ、今以上に脳全体の機能をフルに使って暮らしていたはずです。脳の健康を考えるなら、できる範囲でご先祖様のライフスタイルに近づいたほうがいいのです。いのししに追いかけられたときは必死だけれど、みんなでたき火をかこみ腹いっぱいのときは幸せになる。これは脳のスイッチが切り換えられるからできたことなのです。
仕事や世の中のしくみが複雑になったためか、現代の私たちは絶えず心配したり、イライラしがちです。そんなとき、ただ歩く。それだけで脳のスイッチが切り替わり、心も体も元気になっていきます。その最適量が一日一万歩ぐらいなのでしょう。
3 歩いて元気になるコツ
歩くことのデメリットはほとんどなく、普通に暮らしている人の大半は今以上に歩いたほうがいいです。でもマンネリ化したり、効果を感じられなくなったりする人が出るかもしれないので、こつをお教えします。
・4つの変化を使い分ける・・・歩く距離、ペース、フォーム、テレイン(地形)の4つのうち一つだけを変えてみる。たとえば少し長い距離を歩いてみる。少しペースを上げてみる。腕の振りや姿勢を変えてみる。平べったいコースから坂道のあるコースに変えてみるなど。一つの変化だけなら、その結果がいいか悪いかシンプルに判断できる。進歩の具合や弱点もわかりやすい。
・結果は1・2週後に判断する・・・いつもより疲れたと感じるのは良いトレーニングだった可能性あり。ちょっとたってから同じ条件でやってみると進歩がわかるはず。
・仕事や家事とセットで考えよう・・・いろいろな理由で疲労はたまるもの。本当に疲れたときは休みましょう。
4 もっと気軽に
寒い季節、でも背中に日差しが当たればぽかぽかと暖かい。小さな子供だった頃、公園で走り回ったり、砂場で遊んでいたときにそんな経験をしたはずです。犬も歩けば棒に当たる。人も歩けばおもしろいことにぶつかります。用事がなくても、いや用事がないからこそ外に出てみませんか。
車のように速くはないけれど、そのぶん町の空気、におい、風の流れを感じることができます。初めて行った街角や商店街を見物し、おいしそうなものを見つけたら、その場で食べたり、お土産に。歩けばあなたの世界が広がります。