まだ医者になりたてのころ、苦しまぎれに漢方を出したらびっくりするくらい良くなった経験があります。それからまじめに勉強をして漢方の資格を取り、いまでも漢方を愛用しています。
1 冷えをとる
思い出の処方第1号は当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)という冷えをとるくすりでした。イメージで言うとやせて色が白く疲れやすい人向けです。女性によく使われる処方ですが、当時はまったくそんなことは知りませんでした。後で出てくるお血体質があって全体に新陳代謝が落ちているときに奏功します。
冷えをとるという言い方は漢方の世界ではしょっちゅう出てきますが、じつは冷えをとることを目的としたくすりは漢方薬にしかないのです。そのほかの薬はどちらかというと冷えを作る薬です。代表は鎮痛剤(鎮痛消炎剤)で、悪いところをやっつける(炎症を押さえつける)作用があり、急場に役立つ薬です。でも長く使うとからだの新陳代謝を抑え、いろいろな副作用が出やすい薬でもあります。強健な体質の人では影響が出にくいけれど、体力に自信のない人では逆効果になることもあります。
こんなときに、まずは新陳代謝を上げて、病に打ち勝つ体力を養う。いっけん遠回りに見えても、治るからだにもどしてあげればおのずと治ってくる。漢方を知るまでは、そんな考え方をしたこともなく、学校や病院でも聞いたことがありませんでしたから、とても新鮮に感じました。
2 痛みなのに「イライラ」をとる
漢方の世界では、いっけん症状に関係のなさそうな薬を出して著効することがあります。仕事がら痛みの相談が多く、漢方を利用する機会が多いです。
ここのところ面白いと感じているのが抑肝散(よくかんさん)というくすりです。本来はイライラして気持ちがたかぶりよく眠れないという人に使いますが、神経痛がなかなか取れないと訴える方に奏功することがあります。ご本人の感覚では「痛みが取れないからイライラするんだ!」となるのですが、抑肝散を処方して効いてくると、顔の表情が変わります。全体に表情が硬く、目が怖い印象だった人がやさしい顔になります。家族から見ても同じ印象のようです。
けっして安定剤や睡眠剤は入っていませんが、研究により生薬成分が脳の働きを整えてくれることがわかってきました。痛みが生じるメカニズムの中で、脳の影響がとても強いことがわかっていますから、これはうなずける話です。実際にはプレガバリンという神経痛のくすりと併用することで効果が高まるようです。
また、抑肝散は認知症の方で落ち着きがなく怒りっぽくなった方にもよく効きます。副作用がないので使いやすい薬です。
3 血の巡りを良くする
脂っこい食事、冷房の効きすぎるオフィスで座りっぱなしの仕事。運動不足で、汗を思いっきりかく機会も少ない。睡眠不足で疲れが抜けきらない。思い当たる方はいませんか?現代の生活スタイルは血の巡りを悪くするようにできています。以前「ヒトのトリセツ」でも書いたように、木の根っこを掘ったり草の実をとったり、いのししを追いかけたり追いかけられたりするように人間の体はできているので、じっと座りっぱなしでいれば調子が悪くなるのは当然です。
血液の流れが滞り、栄養や酸素がすみずみまで行きわたりにくい。よどんだ川のように老廃物がたまり、体が重くあちこちが痛い。内臓の働きが悪くなり、さまざまな不調が出る。調子が悪くて動かなくなれば、悪循環でさらに調子をくずす。
こんな状態を漢方では「お血」と呼びます。お血は万病の元と言ってよいかもしれません。先ほどの当帰芍薬散や有名どころでは桂枝茯苓丸、桃核承気湯などがお血の薬です。お血の有無は顔や手足の色、舌の色や腹部の圧痛などで調べますが、あとは体質に合わせて処方すればいろいろな症状に効果的です。
4 くすりに期待しすぎない
漢方もしょせんはクスリ、クスリですべてが解決できるわけではありません。当帰芍薬散のお話では、ちょうど時間が空いた時の受診だったため、いつもよりゆっくりと話が聞けたのがよかったかもしれません。いままでの治療のいきさつや困ったこと(かなり同情して伺いました)をはじめてちゃんと聞いてくれたお医者さん(ただの新米?)だったそうですから、それで気持ちがほどけたのかも?もしかしたらクスリは二の次だったのかな?と思っています。
そのほかの場合でも、たとえば神経痛では症状の治りやすい姿勢や寝方を指導して少しでも快方に向かえるようにしています。在宅ワークで運動不足になっている方には、まめに動く、「なんちゃって通勤」(通勤だと思って朝晩運動すること)などをおすすめしています。
くすりも治療の一部ですからだいじに思っていますが、くすりで解決できないこともいっぱいあります。くすりですぱっと治してほしい!という期待に困った!という経験もまた多いのです。