毎日患者さんに接していると、直接の相談事とは別に患者さんの身のこなしが気になります。40~50歳代、人生でもいちばんあぶらの乗った時期なのに「だいじょうぶ?」と思うのですが、余計なお世話なのであえて口にはしません。でも気になるので、今回は少しだけ触れてみましょう。
1 ロコモティブ・シンドローム(ロコモ)とは
整形外科学会が言い出したことばで、ロコモティブ(locomotive)を辞書で調べると「蒸気機関車」と出てくるので、はじめは「はあ?」と思いました。実際は筋力低下などで移動能力が低下した状態のことを指す用語です。
というと、「おれは運動嫌いだし、家でおいしいものを食べてのんびりするのが大好きだからそんなに歩かなくったっていいんだ!」と考える方がいるかもしれません。でもロコモは、単に歩きづらくなること以上の意味を持っています。
筋肉や骨だけでなく、内臓・血管・脳・皮膚などからだのあらゆる装置が運動することを前提に作られています。だから動かなくなるといろいろとまずい事が起きるのです。くすり・注射や手術だけが医療だと思わずに、運動もたいせつだ!と強調するために作られた用語です。
2 その場で寝返り
ベッド(診察台)のうえですばやく寝返りができません。あお向けから横向き、そしてうつぶせになります。その逆もやってみましょう。狭いベッドの上なので、肩やおしりの位置を瞬間的にずらさないとベッドの横から落ちそうになります。子供や20代の人なら数秒でできますが、それ以上の人では数十秒かかることもあります。
体幹(肩まわりから腰までの部分)の筋肉を自在に動かせているか?を見る方法です。重いものを持ち上げたり、速く歩いたり走ったりするとき、じつは体幹をしっかり動かせていることが必要です。体幹の動きが鈍いということは、すべての動きが鈍いということになります。うまくできない人はまだ「ロコモティブ・シンドローム」ではないかもしれませんが、そのとば口にさしかかっていると言えるでしょう。
うまくできなかった人は、つぎに「おしり歩き」に挑戦してみましょう。文字通り、足を使わずおしりで歩きます。足をのばしてすわり、両手を肩口で抱えます。足をできるだけ使わず、左右のおしりを交互に前に出して進みます。後ろに進んだり、左右に向きを変えることもできます。
どちらも問題なくできた人は、「うつぶせダッシュ」にチャレンジしてみましょう。ただし運動不足を自認する人はケガの危険もありやめたほうが無難かも。やり方は簡単、うつ伏せに寝ころびます。そこから立ち上がり、足元方向に向けてダッシュしましょう。立ち上がり方はなんでも結構、10~50メートルくらい走って終わり、距離を決めて何秒でできるか測ればアジリティ(瞬発力)の目安にもなります。
3 一本線上を歩く
歩道のブロックの継ぎ目などを利用して、一本の線上に左右の足を置いて歩きます。歩幅を小さくゆっくり歩けばバランス感覚の練習、歩幅を大きくとれば骨盤の動きを使ったダイナミックな歩き方の練習になります。
特に体の故障もないのに、足の着地が左右に揺れて、よたよたと歩く人がいます。見た目も若々しくないのですが、下半身の柔軟性不足だったり、体幹や股関節の筋力低下のサインかもしれません。またバランスを司る小脳・脳幹・前庭の機能低下かもしれないので、気持ちを集中して歩く練習をしましょう。
おしりの筋肉が固い人も一本線歩きは苦手なはずです。両足をそろえ、両膝をくっつけてすわったら、前こごみになって左右の外くるぶしに触れてみてください。楽に触れる人はだいじょうぶ、手が届かなかったり両足が開いてしまう人はおしりの筋肉が固くなっています。股関節まわりのストレッチをしましょう。またおなかが大きすぎて前屈がしずらい人もいますが、さすがに太りすぎです。運動とダイエットを両輪にしてやせましょう。
4 椅子からゆっくりと立ち上がる
熱気球が膨らみ始め、ゆっくりと地面から浮き上がっていく様子を想像してください。あんな感じにふわあっと立ち上がると優雅で、かっこいい。皇族やハリウッド・スターの記者会見を思い浮かべれば、なんとなくわかるのではないかしら。
フラッシュがバチバチとたたかれる前で行われる記者会見。その当事者が自分だと想像してみましょう。にこやかに微笑みながら、静かに座り、立ち上がる自分。さて、現実にはどしんと座り、横にすわっている人がぴょんと持ち上がったりしませんか?膝に手をつき、「どっこらしょ!」って言いながら立ちあがっていないかな?
きれいな身のこなしをしている人は見えないところで努力しています。逆にいえば、あなたも目に見えないところで努力すれば、また若々しい自分に戻ることができます。病院に行って妙なハゲじいに「やせろ!」とか「運動しろ!」と言われることもありません。オミクロンが落ち着きつつある今、ロコモ予備軍から脱出する絶好の機会が来たと考えましょう。