クレイグさんのエクササイズがターゲットとしている「運動感覚の障害」は、一般的な慢性痛の治療のなかではミッシングリンクになっています。だから他では治らなかったからだの故障の相談に対して、このアプローチが役に立つことが多いのだと思います。
国がちがえば文化も制度もちがい、痛みの訴えが一種の心の表現でもあることを考えると、クレイグさんの理知的なアプローチをそのまま私たちの日々の臨床に落とし込むことはできないでしょう。
ただしエッセンスはどこでも同じだから、現在の私たちの仕事の現場に応用していくことは可能です。
運動感覚の障害は、整形外科の外来や接骨院・治療院の施術現場ならどこでも頻繁に遭遇する状態です。繰り返しの腰痛・神経痛、くびや肩の痛み、手のしびれ、膝や股関節の痛みなど、発症要因を考えると運動感覚の障害が疑われる例は枚挙にいとまがありません。画像診断的に関節症やヘルニアと診断されていても、その実態は筋などの軟部組織の障害が主体であったりします。
そして発症要因をつきつめれば姿勢や動作に無理・むだがあり、それが積み重なって組織にダメージが起きている場合があります。結果的に疲労骨折・脆弱性骨折、筋・腱の障害、関節炎といった診断名がつきますが、おおもとは運動感覚の障害なのかもしれません。
私たちとしては、まずは自分が専門としている治療・施術をやってみることで良いと思います。
そのうえでなかなか症状がすっきりしない場合、患者さんの姿勢、動作を観察します。運動感覚の障害を示す、力が抜けない・ぎこちない動き・触って感じられる筋の緊張、姿勢のくずれなど(その8運動感覚障害をみつけるを参照)気になる点をみつけます。
体幹の力が抜けなかったり、動きが硬かったら、体幹のコントロールを目的としたエクササイズを行います。
股関節の力が抜けなかったり、動きが硬かったら、股関節のコントロールを目的としたエクササイズを行います。肩も同じです。
四肢の遠位の力が抜けなかったり、動きが硬いときは体幹・肩・股関節のコントロールが悪いのが原因なので、同部のエクササイズを行います。
クレイグさんの本には出てきませんが、コントロールの問題には筋力不足が関係するかもしれません。その場合、スクアットやプランクなど筋トレも必要になりそうです。
スポーツが絡んでいるケースでは、シャドウトレーニングも良さそうですね。またピラティスやヨガをとり入れるのも面白いと思います。筋トレやエクササイズとなると、トレーナーさんの出番も増えてくるでしょう。
筋肉など軟部組織の短縮が目立つケースでは、自他動のストレッチや筋膜リリースなどの手技療法も役立つはずです。はっきりしたトリガーポイントがあれば、ASTR、トリガーポイントマッサージ、針きゅうやトリガーポイント注射の効果が期待できます。
ストレスが原因で筋の緊張亢進やスパズムを生じているならリラクセーション、メディテーション(瞑想)などストレスマネージメント,恐怖や不安の影響が強いなら認知行動療法も適応です。
このように慢性的な痛み・故障の訴えに対する多角的、重層的なケアの中で自分の立ち位置をどの辺にとって、どのあたりまでカバーするか。どこから他職種との連携を計っていくのか。
少し話が広がってしまいましたが、自分の仕事の領域をできる範囲で広げていくことは大切です。クリニック、治療院なら、その気になればすぐに運動感覚を扱うエクササイズを導入することができます。治療家として殻を破るチャンスがここにあります。
うちのクリニックでも、ちょっとしたエクササイズを前から教えていますが、まだまだ指導法に工夫の余地がありそうです。長い診療時間はとれないので少しづつですが、手ごたえも感じています。
(「運動感覚をとりもどす」は医療専門職・治療家向けに書かれているので、一般の人たちには少し難しいかもしれません。興味を持たれた方がいらっしゃいましたらまず「動きを味わう」を読んでみてください)