痛みの悪循環は慢性疼痛がおきる理由の一つです。持続的な筋緊張がこりを生み、長引けば痛みを生じます。痛みが続けば動きの制限を生じ、動きの制限が続けば運動感覚の障害が起きます。運動感覚の障害がつつけば筋の廃用・誤用・過用が進みこれが痛みを生じます。この痛みが続けば…という風に悪循環が続き、いつまでも痛みが続くことになります。
この痛みの悪循環のサイクルの中で、クレイグさんのアプローチはまず運動感覚の障害を取り除くことを目的としています。一般的な痛みの悪循環の説明の中では、運動感覚の障害という項目が書かれていないことがほとんどなのですが、やはり目に見えない感覚を扱うのはなかなかホネだということ、そして感覚を感じる過程はセラピスト・クライアント双方にとってもチャレンジングであることが理由なのでしょう。
また筋骨格系の慢性疼痛への治療アプローチはたくさんあります。筋緊張が強くても一時的なものであればマッサージも役に立つでしょう。トリガーポイントなら積極的にマッサージやASTRなどがいいでしょう。痛みに対する逃避行動が目立つなら、動作訓練や認知行動療法が役立つはずです。筋の廃用に筋トレ、誤用・過用にアレクサンダー・テクニックなどの生活行動訓練もいいでしょう。こういったなかで運動感覚の障害がミッシング・リンクとなっていて、しかもメジャーな要素だったとしたら?
そう、こういう時にクレイグさんのアプローチが役に立つのだと思います。
それではケースを見てみましょう。
34歳のスティーブさんは高校生のころから腰痛があります。アメフトで腰を痛めて以来ずっと続いているので、これからもずっと腰痛とつきあわなければならないと思っていました。
調べてみると、スティーブさんは片時も休まずに腰回りに力を入れています。かつて痛みがとても強かったころに身を固めれば鋭いずきっとする痛みを感じずに済んだ経験があって、それを繰り返しているうちにふだんでも身を固める習慣がついてしまったのです(※)。
※急性期の応急処置として身を固めるのは有効な対策です。痛みを生じている組織を一時的に保護することになりますから、「傷にばんそうこう」の効果が期待できます。問題は急性期を過ぎても筋性防御が働き過ぎることです。ここに中枢神経の働きが関わってきます。
もはや身を固めることは第2の天性のようなもので、自分では全く意識していません。日常のこまごまとした作業もそのままやっていました。
しかし筋肉に力を入れ続けるのは疲れるのです。だから疲れやすいし、疲れがたまると筋肉痛が生じます。
そこでクレイグさんは、体幹(胸椎~股関節)の分離運動を促すエクササイズをいくつか指導しました。
スティーブさんは自分が緊張しているということを頭ではわかっていたのですが、実際にどこがどれくらい緊張しているのかを自分自身で感じることができなくなっていました。マッサージやカイロも一時の助けにはなるのですが、根っこにある運動感覚の障害を改善することがなかったため痛みが長く続いたのです。
かなり時間はかかりましたが、スティーブさんがあきらめずにエクササイズを続けた結果、カイロやマッサージは不要となり、エクササイズを続けて自分自身で調子を整えていけるようになりました。