ハルは30歳の元気な男性ですが、ここのところ強い背中の痛みに悩まされていました。医師の診察では強直性脊椎炎の可能性があるとの説明を受けましたが、ハルは納得せずクレイグさんのところにやってきました。
彼は頑張り屋さんで、セッションでエクササイズを教えると熱心にやりました。大事なのは運動の感覚を味わうことだと説明されると、「もちろんわかってます!」と答え、家でもきちんと続けると約束しました。
1週間後のチェックで、症状はまったく変わらず、むしろちょっと悪くなっているとのことでした。そこで実際にエクササイズをやってもらうと、速く正確に連続して行おうとするあまり力を抜いていないように見えました。
そこでクレイグさんは「リラックスしてエクササイズを行うことが大事です。息せき切ってたくさんやろうとするのでなく、ひとつひとつ間をおいて、力が抜けたのを確認しながら次の動作に移ってください」と言いました。指示に従おうとしてすぐにエクササイズを再開しましたが、どうすれば力が抜けるのか自信が持てないようでした。
「ここが大事なポイントです。あきらめないで練習してみて。君なら必ずわかってくるよ」とはげまされ、ひとつ動作をするたびに完全に力を抜くことを意識して、今までよりずっとゆっくりと動かしていると、そこで急に何かがわかったようでした。そして、彼はふたたび自宅でエクササイズをつづけました。
それからも2,3回セッションを続け、いろいろなエクササイズを指導しました。痛みはずっと軽くなり、ジムでのエアロビックエクササイズもやれるようになりました。しばらくたってから海岸通りでジョギング中のハルに会いました。今でもエクササイズを続けているそうです。
このエピソードのポイントは、エクササイズをただやればいいのではないということです。やるではなく、どうやるかが大事なのです。スムーズになめらかに体を動かすためには、力を入れる筋肉は力を入れる一方、力を抜く筋肉はきちんと力を抜く必要があります。これをゼロか1の出力で行うのではなく、なめらかに無段階で行い、絶えず関節の位置や筋の出力など一瞬のうちに伝わる神経からの情報をフィードバックしていくのです。
ハルさんのケースはクレイグさんにも印象深かったようです。というのは、比較的に故障がシンプルで、エクササイズに速やかに反応したこと、クライアント(ハルさん)が素直な性格で一生懸命やってくれたこと、そしてクレイグさんが開業してまだ日が浅いころの経験だったからです。
クレイグさんの指導方法は一般に分離運動と呼ばれるものの反復練習です。手足やせぼねの動きを細かく分析し、動きのパターンが理想から大きく外れるところを見つけます(これをDMP;機能障害型運動パターンと呼びます)。そしてそれを修正する運動を処方するのですが、たとえば骨盤の前傾・後傾の動きを腸腰筋単独で行う練習をするのです。動きを要素分解して観察する細かい目・繊細な触診が必要な方法です。
非常に微妙なエクササイズなので、はじめなかなかわからないのが普通です。それを根気よく続けるのですから、指導するほうもやるほうも大変です。良い指導プラス熱心なクライアントという組み合わせが重なった幸運な例だったのです。