トリガーポイント・マニュアルのトラベル医師、トリガーポイントセラピー・マニュアルのクレア・デイビーズ氏の二人は、ともに自分の肩の痛みを治す手立てとして治療法を開発していきました。
私の場合は、左肩から腕にかけての痛み、胸から背中にかけての動悸がきっかけでした。40代前半のある日、突然腕がひきつれたようになって痛みが出て、字を書くのも困難になってしまいました。夜になると、胸や背中がぴくぴく動き気になって寝られません。食欲がなくなり、立っているだけで疲れて、診療の合間は診察ベッドに寝ていました。
医者なので、この状態は身体性の病気を考えるよりは、心身症やうつ病を考えたほうが良いとは思ったのですが、試しに抗うつ剤を飲んだら調子が悪くて続けられないと思いました。
そんな時、一緒に仕事していたマッサージ師の沓脱君が助けてくれたのです。見るからに調子が悪そうなのを見たからでしょうか、昼休みなど仕事の合間にマッサージを中心とした手技療法を行ってくれました。おもに肩から上腕にかけての筋肉にトリガーポイントらしき圧痛点があり、これを中心にアプローチしてもらったのですが、体の向きを変えたり手足の位置を変えたりしながら、そのやり方がいいとか、こう工夫しながらやるといいかもなど二人で話しながらすすめていきました。それをまとめたのが二人の共著ASTR(アスター)という本になりました。
ASTRもおおもとの考え方はトリガーポイントが基本で、デイビーズさんも書いている通り、ただ筋をストレッチするだけでは肝心のトリガーポイントを効果的に治すことができないという発想から始まっています。ストレッチ、マッサージと呼び方はちがいますが、基本は同じ事で、手技療法におけるちょっとした工夫をまとめたもの、良く言えば体系化したものと言えるでしょう。
ASTRの美点の一つは、手が届く範囲なら自分でASTRができるセルフASTR法があるという点です。私も調子の悪いときは自宅でしょっちゅうセルフASTRを行っていました。いつでもどこでも身一つでできるというのは患者さんにとって福音です。夜中に背中の動悸や腕の痛みで飛び起きたときに、誰の助けも借りず自分自身で治す方法があると知っているだけで大きな安心が得られます。そして実際に効くのです。
こうしてみるとデイビーズさんのトリガーポイントセラピーとASTRには共通点が大きいです。また開発の時点で開発者が自ら困り抜いて作っていったものだという点もそうです。トリガーポイントは目に見えず、ほぼすべての画像検査でも検出できません。筋肉をていねいに触診しない限りわからないので、からだをろくすっぽさわらないで診断しようとしたら見つかりません。
整形外科医としての私の立場は一般開業医であったトラベル博士やマッサージ師のデイビーズ氏と少しちがって、急性外傷を中心に現場を経験したことから始まっています。だから必要があればやらなければいけない手術治療があることもわかっていますし、トリガーポイントだけですべての痛みを治せないこともわかっています。このことはおそらくトラベル博士・デービーズ氏も同意してくれると思います。
しかし、トラベル・シモンズ両博士の誤診への疑念、デービーズ氏が書いている世間一般でのトリガーポイントという知識の無視・無知の指摘はいまでも大事な課題です。手技療法というと、どうしても治療を主体に考えてしまいがちなのですが、本当は診たて(診察術)でも大きな力を発揮するのです。このことはまたあらためてお話しするつもりです。