在学中にピアノ調律師の業界紙に自己マッサージ法にまつわる8回分の原稿を書き上げた。卒業から2か月後、連載がはじまった。その途端アメリカとカナダのあちこちから助けを求める連絡が続いた。みな自分の痛みの解決法が掲載されるのを待ちきれず、仕事を断念する瀬戸際の人もいた。20年来困っている人もいて、皆が私と同様いろいろな治療を受けていた。
ある人は10年前の登山以来、両膝の頑固な痛みに悩まされていた。下山中に痛みがはじまって、友達に担がれてやっと下山できた。芝刈りをしたらそのあと数日は膝の痛みに苦しんだ。この話を電話で聞きながら、彼にマッサージのやり方を指導した。すると電話を切る前に痛みがなくなってしまった。彼にしてみれば、膝の痛みの原因が太ももの筋肉にあるなんて思いもしなかったのだ。医師もPTもカイロプラクターもつきとめられなかった。彼にはこの後集会で出会ったが、今もマッサージを続けていること、おかげで痛みはまったくないとの話だった。
そこで集会場で即席のワークショップを開いてみたが、きっと誰も来ないのでは?と心配した。ふたを開けてみると110人もの人が来てくれた。部屋はぎゅうぎゅう詰め、全員が何かの痛みで困っていた。
ピアノ調律師は、おしなべて知性的で独立心が旺盛だ。助けを求めるなどもってのほかという人も多い。だから自分自身で治す方法だと聞いてみんな集まってきた。誰一人として講演中あくびをする者はいなかった。
このときはじめて私はピアノ調律師からマッサージ師に生まれ変わった。各種の講演、委員会やパーティに一切出席せず、連日朝から夜まで、ひたすらマッサージをし、指導を続けた。会員の家族もやってきた。それこそありとあらゆる痛み・しびれの相談があった。アメリカや世界各国からやってきた参加者から聞く痛みの相談は、根っこではみな同じ話の繰り返しだった。痛みを何とかしようと思っても誰も何もしてくれない。原因さえ突き止められないのだ。
帰ってから自宅で開業しても、聞く話はみな同じだった。腰痛の場合、原因は背骨にあると言われていた。脊椎症や椎間板ヘルニア、あるいは軟骨が擦り切れているなどだ。みなレントゲン検査を受けた。ある女性は脊椎手術の予約を入れていた。なかには手術は受けたが、痛みは相変わらず続いているという人たちもいた。外科医の返事はいつもこうだ、残念だがやれることはやったと。そして痛み止めをしこたま持たせられ、PTのところに厄介払いされる。この話をくりかえしくりかえし聞かされた。ほんとうにくりかえしくりかえしなのだ。
そしてやってみるとトリガーポイントマッサージがよく効くのだ。実は初めからトリガーポイントが原因だったのか、それとも脊椎症やヘルニアが原因なのか?トリガーポイント・マニュアルを読むと、ヘルニアや脊椎症が確かにあったとしても、トリガーポイントも同時に存在することがあると書いてあった。
ある人はかかりつけの医師から「自分も痛くて困っている」と告げられていた。その医師も彼女と同じ磁気コルセットをつけていた。相談に来たかなりの人がコルセットをつけていた。聞いてみると、コルセットは効くけれど、すぐに痛みが戻るそうだ。TENS(電気刺激)も同じだ。外せばすぐに痛みが戻る。
ほとんど全員が何らかの痛み止めを飲んでいて、誰もがこれがほんとうの治療とは思っていなかった。くすりは問題を覆い隠すだけだと。隠しても問題は解決しない。逆に痛みを長引かせかねない。ほんとうの解決策は薬にはない。
次によくある相談は手や指のしびれと痛みだ。どうもコンピューター・キーボードが国を滅ぼしかねない勢いだ。たくさんの治療装具を見せてもらった。ある人は腕全体をギプスで固められていた。みんなが手根管症候群でないかと心配していたが、マッサージを首から腕にかけて行ってみると症状が改善した。来た人たちはみなびっくりしていた。私自身はだんだん驚かなくなっていった。手根管症候群と言われた人たちを治療するとみな良くなってしまうので、そもそも手根管症候群という病気があるのか疑いたくなった。
こういった経験は、私にとっては、自分自身を助けた技でほかの人を助けられることを意味した。しかしどうすればいいのだろうか?広大な世界に痛みに困っている人がたくさんいるのに、わたしは60歳でマッサージ師になったおいぼれだ。とてもじゃないが、手が回りきらない。だから、一人でも多くの人にこの情報が届くようにするために、どうしてもこの本を書かなければならなかったのだ。9へ