Repetitive Strain Injuriesとは、聞きなれない名前です。しかしこの中に含まれる診断名を聞くと考えが変わってきます。肩関節周囲炎、テニス肘、手根管症候群、腱鞘炎、ばね指、ガングリオン等々。ひとつひとつに別々の診断名をつけることはできますが、一人の患者さんで、複数の故障が生じたり、つぎつぎといろいろな故障が現れては消えたり残ったりすると聞けば、なんとなくイメージがわかるのではないでしょうか。
現代人の生活はとにかく忙しいのです。どんな仕事でも、いかに短時間で多くの成果を上げるかが求められます。生産効率を上げることでライバルに打ち勝つ、あるいは個人の業績を上げたり、収入を増やそうとします。そのかわり、ほっとする時間、のんびりとする時間がどんどん減ってきています。仕事そのものもどんどん専門化して、いまやほとんどの人が専門家といっていいのではないでしょうか。
オフィスワーカーは毎日パソコンをたたき続けます。コックさんはフライパンをふり続けます。工場の作業員は電動工具や特殊な作業工具を使って、朝から晩まではたらき続けます。スーパーのレジ係は、袋物を右から左へと動かしながら、レジを打ち続けます。多くの仕事において、からだの使い方という面から見ると、ある一定の動作をひたすら毎日繰り返す仕事ばかりだと思いませんか。
不況が続いた時代、すべての業種で大幅なリストラが行なわれました。リストラに合わなかった人たちも、今までより少ない人員で、今までよりも多い仕事をこなすように求められました。気持ちの上のストレスも大きく、社会的に「うつ」の問題も広がりましたが、肉体的なストレスも相当大きくなりました。
同じことを毎日つづけていると、からだの一定の場所にくり返しストレスがかかり、少しづつ組織のダメージが蓄積されていきます。
はじめのうちは、なんとなくだるい、思い通りに動かしづらいといった、症状というほどではない不快感から始まって、しだいにはっきりした痛みやしびれ感に変わってきます。この時点で、RSIsの存在に気がついて早めの対策が立てられるといいのですが、たいていは「気のせい」「そのうちなおるだろう」と軽くみてしまいます。痛みがだんだん強くなって、仕事や日常生活に困るようになって、はじめて相談に訪れるのです。
しかし、微小な外傷が累積しておきた故障ですから、治るのもゆっくりです。組織の修復をうながすような治療や生活指導を行ったとしても、1,2週間で治るものではありません。数ヶ月から年単位で治る故障です。
一般的に、患者さんはなかなかこれが理解できないので、薬にたよったり、一見たのもしそうな民間療法に走ったりします。民間療法がすべて悪いのではなく、RSIsのメカニズムをよく理解して、正しく指導してくれるなら良いのですが、ただ骨をぼきっとやったり、ひとりよがりの治療法にこだわっていたずらに時間を使ってしまうことがあると、患者さんがかわいそうです。
また、二次的な障害がおきるのも、RSIsの特徴のひとつです。故障したところが治らないため、これをかばおうとしてほかの部分にも余分な負担がかかります。この負担が積み重なるとつぎの故障がおきてきます。つまり、悪循環におちいります。
いくつもの障害が合わさると、患者さんの訴える症状は複雑になり、一見なぞのような症状となり、ますます一般的な診断名の典型的な症状から外れていきます。痛みやしびれが目に見えるものではないので、診断がはっきりしないのに、仕事が遅くなったり休んだりするようになると、周囲とのあつれきもおきます。「気のせいだ」「精神的な問題だ」という誤解も生まれます。こうなると、さらに精神的なストレスも深まります。なかには休職や退職に追いこまれる人も出てきます。
以上が、RSIsにおける最悪のシナリオです。たしかに、死ぬような病気ではないし、痛むといっても、骨が折れたり、がんになったり、というわかりやすい病気ではないかもしれませんが、本人にとっては正常な日常生活・社会生活が営めなくなり、問題は深刻です。このあたりの事情は、RSIsに関する本やインターネット検索を行うと、膨大な情報が入手できます(残念ながらほぼ英語ですが)。
そして、RSIsの診断には、マニュアルメデシンがとても役に立ちます。というよりも、マニュアルメデシンの知識がないときちんと診断できない例が数多くあるのです。そして、治療につなげることができます。この仕事をやっていて本当に良かったと思える障害のひとつがRSIsなのです。