ブーマーウォーク 8.

競歩の技術(続々)

 

骨盤(でん部)の動き

 

 過去数十年の間、つま先での押し出しが主な推進力だと思われてきた。ジェフ・サルベージによれば、現在は骨盤(でん部)こそ主要な動力源だと考えられているようだ。下肢の前進運動に伴い、骨盤が持ち上がり回旋する。たとえば右足が前に進むとき右の骨盤も前に動く。右足が着地すると体は足の上を通り、つぎに左の骨盤が前に動き、左足が前に進む。

 

 この骨盤の回旋と言われる動きのメリットは明らかだ。骨盤がまったく動かない状態ではストライドは90センチ幅だと仮定しよう。右足が前に着地するとき右の骨盤が前に5センチ動き、右足が地面を離れるときには右の骨盤が後方に5センチ動くとする。すなわち実際のストライドは10センチ増えることになる。10センチは大した違いではないと感じるかもしれないが、これを数千歩の単位で掛け算すればかなりの距離を稼げることになる。

 

 骨盤そのものはやわらかくないので、右の骨盤が後ろから前に動くとき、骨盤はわずかに外側に移動しもとにもどる。競歩選手が道路の白線上をまっすぐに歩いているとしよう。真上からこれを見ているとすると、右の骨盤が後ろから前に動くとき、骨盤の位置がからだに近づくとわずかに外側にせり出し、さらに前に行くと再び白線方向に近づいてくるのが見えるはずだ。お尻を横にふりふりしているわけではない。このアーチ状の動きにより骨盤がセンター付近を通過できるわけだ。

図4-7 骨盤は前足と一緒に前に回旋する

この骨盤の回旋によりストライドが増す

 この骨盤の回旋に加え、ストライドの間骨盤はわずかだが上下方向に揺れている。右側から選手を観察しているとすると、選手が歩くと股関節外側のでっぱり(大腿骨大転子)は図4-8,4-9のように動く。これは競歩の歩き方の特徴をよく示している。

 

 図4-8は競歩選手がトラックを歩いているときの大転子の位置を表している。踵接地(1)から下肢が体の真下に来るまで(2)、大転子は水平より上に移動している。体がさらに動き足が後ろに流れ、膝が曲がって下肢が前に移動する間(3)、大転子は下に移動する。これがhip dropと呼ばれる状態である。膝が曲がった状態で体の真下を通った後(4)は大転子が再び上がり始め、ふたたび踵接地の状態に戻る。

図4-8 道路を歩いているとき、右側から見た正しい骨盤(大転子)の動き

 図4-9は選手がトレッドミルを歩いているときの大転子の動きを示している。サルベージのDVDでこれを実際に見ることができる。トレッドミルではからだが全く動かないことを忘れないでほしい。代わりにからだの下でベルトが動いているのだ。そこで(1)踵接地のとき骨盤はからだの前にある。(2)骨盤が下肢の真上に来るときには上に動き、さらに後方に動くときは下に動く(3)つま先が地面から離れると膝を曲げたまま下肢は前に移動し、下肢がからだの真下に来るまでは下に動き、(4)さらに前に下肢が移動すると骨盤は上に動き踵接地時の位置まで戻る。

図4-9 トレッドミル上で歩くとき、右側から見た正しい骨盤(大転子)の動き

 デイブ・マクガバンによれば、個人の柔軟性によって骨盤の動きの程度は異なるとのことだ。非常に柔らかい人では骨盤の動きも大きくなる。より動きが小さいこともある。自分がどれくらいの動きをできるか時間とともにわかるはずだ。

 

 からだの前進運動のうちどれくらいが骨盤の動きで行われていて、どれくらいがつま先の押しで行われているかについて、選手の間で活発な意見交換が行われることを望みたい。選手たちに私が聞いた限りでは、人によって意見が違うようだ。われわれはとりあえずどちらも推進力になることを理解して、じゅうぶんに利用できるよう努力するしかない。一人一人のからだには個性があるのだ。経験とできれば他の人の助けも得て、自分に一番向いたバランスを見つけるしかないだろう。

 

接地について

 

 自分自身が歩道の真ん中を歩いているところを想像してみよう。歩道の真ん中にまっすぐに白線が引いてあるとする。ごく普通に歩道を歩いているとき、あなたの右足は白線の右側に、左足は左側に接地し、一歩ごとに重心が左右に移動するはずである。

 

 対照的に競歩選手の場合、足は白線の真上で接地する。骨盤の回転があるためにこうなるのだ。これを上から見ていると想像してみよう。後ろ足が地面から離れる前、大転子は白線に近づいており足は白線状に残っている。骨盤が前に移動するとき、骨盤と下肢がからだと同じ位置に来るまでは大転子は外側に移動し、下肢も外側に移動する。さらに骨盤と下肢が前に移動すると、大転子は内側に移動し前足が白線上に接地するまで足を内側に運ぶ。普通の歩行のような横方向への動きによるエネルギーロスを生じずに体は前に進むことができる。

 

 選手によっては7〜10センチの幅以内に接地する。その他の選手ではかならずしも接地は正中線上ではないものの、足は正中線に一部触れている。通常歩行とは異なり、重心線は左右にぶれることなく真っ直ぐ前方に移動していく。

 

 この練習は簡単だ。歩くとき、駐車場などに引いてある白線の上を歩いてみよう。骨盤を動かして白線上で接地をするのだ。

 

図4-10 足はからだの前方中央線上に接地することでまっすぐに進み、からだが左右にゆれることはない

 

 

腕の動き

 

 良い競歩テクニックでは、腕が重要な役割を持っている。まず腕と肩をどのように動かすかを知る必要がある。つぎに適切な動きを理解することが大事だ。わたしもずっとこれを練習し学び続けている。

 

 何人かの人から肩が上がりすぎると注意を受けた。スピードを上げようとすると、ついつい肩に力が入り首を緊張させてしまう。これはいいことではない。肩の力をぬこう。腕が自然に下がるようにしないと、肩をあげるのに余計なエネルギーを使うことになる。今でもレースのときには肩や首に力が入ってしまうことがある。

 

 あなたがのんびりと歩いているとき、あなたの腕は足の動きとのバランスを取るためにスイングしている。右足が前に来る時、右腕は後ろに振れている。右足が着地し、からだが前に出ると右腕はバランスを取るために前に振れる。

 

 動きは誇張されるものの、競歩でも基本は同じである。前に来る手は胸のあたりの高さに来るくらい、自然に振ればからだの真ん中方向に動く。バックスイングのとき、手はおしりの5,6センチ後ろまできて、できるだけからだに近いところを通り外に広がらないようにする。腕を振り回しすぎないこと。きっとあなたも「力強い」競歩選手がこぶしを前に突き出し、頭の近くまで振り上げ、からだの後ろに30センチくらい振りだしている様子を見たことがあるはずだ。これは効率が悪く、良いテクニックとは言いがたい。

 

 シニア・オリンピックのとき、選手でマルチスポーツアスリートのパトリシア・ビームがトラックの横から「ひじを曲げて!!!てこをみじかく!」と叫んだ。

 

 腕を肘から直角に曲げることは知っていた。ところが気づかないうちにだんだんと肘を伸ばし気味にするくせがついていたらしい。翌日からひじをしっかりと曲げたままにすることを意識したら、ケイデンス(ステップの数)にはっきりしたちがいがでた。

 

 ビームのことば「短いてこ」は当を得たものと言える。もしも振り子時計が遅れ気味だとしたら、あなたは振り子を短くして調整するだろう。ひじを曲げることで、わたしはてこを短くして、速い周期で動けるようにした。足の動きは腕と連動しているため、足の運びが速まったのだ。

 

 ひじの屈曲角度90度については大まかな基準であって一人一人でちがいがある。肩の力が抜けて、楽にしっかりと動かせるならオーケーだ。振り子運動の最中にこの角度を一定に保つことが大事だ。

 

 手を握り締めるのもエネルギーのむだになる。手を軽く丸めるだけでいい。最近ボストンに出かけたときにハーバードで行われた競歩練習会に参加した。競技生活20年、コーチ歴10年のケン・マットソンから、手の中にポテトチップをこわさずに握っているとイメージするように教わった。これは役に立った。手をリラックスすることに集中すると、肩もリラックスできるようだ。

 

 どこかでかん違いしたらしく、わたしは腕を動かすときに肩も動かせば動きを増幅できると思い込んでいた。最近ボニー・スタインから個人レッスンを受けたときのことだ。パッと見ただけで上半身の動きにいくつか問題点を見つけられたが、一つはこの点だった。あとでサルベージとマクガバンの本を見たら、スタインがまったく正しいことがわかった。腕は肩の関節からヒンジのように動けばいいのだ。さらに専門家は腕を後ろにしっかり引くことでからだが前に出るのを助けられるという。ニュートンの第3法則~すべての運動には作用と反作用が伴う~の通りというわけだ。

 

図4-11 足と股関節が前に行くとき、腕は後ろに振れる

肘が90度に曲がり、手がからだを大きく超えていないことに注意

 

図4-12 足が後方に流れるとき、腕は前方に振れる

手は胸の真ん中の高さでからだから適度にはなれている

 

図4-13 手は胸の前まで動いてくる

肩と手がリラックスしていることに注意

 

 

姿勢 

 

 競歩選手はまっすぐな姿勢で前をしっかり向いているべきだ。猫背、前傾し過ぎや前かがみではいけない。 1996年のオリンピック200メートル走でのマイケル・ジョンソンの姿を思い浮かべれば合点がいくと思う。ハーバードの講習会で、マットソンがまっすぐ立つことで重心が上がりより楽に前に動きやすくなるのを自身で示してくれた。

 

全部をまとめる

 

 始めたばかりのときは、教わったたくさんのことを心にとどめておく必要がある。ひざを伸ばし、つま先をあげて、押し出し、骨盤を回し、姿勢はまっすぐ、前を見て、肘をいい角度に保ち、股関節を前に回すときには後ろに肘を引く。実際に誰かがやっているのを見るといい。残念だが、競歩の放映は多いとは言えない。4年ごとのオリンピックの年なら深夜の放送帯で見ることができるかもしれない。

 

 近くにクラブがあるなら、連絡してメンバーに教わる機会が持てるかもしれない。ジェフ・サルベージのウェブサイトhttp:/www.racewalk.comにはオリンピックのゴールドメダリストで世界チャンピオンに3回輝いたジェファーソン・ペレズの写真があって、正しいフォームとはいかなるものか教えてくれる。またhttp:/boomerwalk.comでビデオを見ていただいてもいいし、http:/www.philsport.com/narf/の棒人間アニメとビデオも参考になる。あなたはこの時点でよりテクニックのイメージがわくようになっただろうし、どうやって一つにまとめ上げていくかも見えてきたと思う。NARF(北米競歩協会)のサイトではペレズの写真を使って動きの解説をしている。この本の終わりに載せたウェブサイトを調べれば、あなたの役に立ちそうなビデオやDVDがみつかるはずだ(省略)。

 

練習、練習そして練習

 

 最初フォームはぎこちなく、歩き方もぎくしゃくするだろうが、練習するとなめらかになっていく。デイブ・マクガバンのクリニックに参加したある女性は、将来のオリンピック候補のひとりだった。そのフォームはとても美しく、足の動きは自転車のペダルをこぐようになめらかだった。すばらしい競歩選手を見る機会があったら、あたまの動きに注目してほしい。飛ぶように歩いていても、あたまががくがくとゆれていないはずだ。

 

 なかにはテクニックを早く習得する人もいる。クリニックで出会った何人かの女性はとてもじょうずで、きっと2,3か月の経験があるのだと思った。私の場合はそう簡単にはいかなかった。3年たって私のフォームは改善したが、1500メートルのような短いレースで足の回転数を上げようとすると、歩きがぎくしゃくしてくる。

 

 誰かに歩き方を見てもらうのもいい。私のレースを観戦した後、妻が「ほかの人はみなまっすぐなのに、あなただけ腰が曲がってたわよ。」と言った。競歩に関しては全くの素人にもかかわらず彼女の指摘は有益だった。

 

 悪い癖がからだに刻み込まれないように、早いうちからほかの選手の助言を受けたほうが良い。クラブに入って一緒に練習する仲間がいれば、お互いに助け合うことができる。

 

 ビデオカメラが手に入るならば、誰かに歩く姿を撮ってもらおう。三脚があれば自分でもできる。カメラを固定して、横から見た姿を撮影するのだ。もうひとつ、カメラに向かってまっすぐ歩く姿も撮影してみよう。通常速以外に倍速やフレームショットも活用しよう。からだがまっすぐで前を向いているか、足元を見ていないかチェックしよう。つま先が上がって、ひざが伸びているだろうか。後ろ足でちゃんと押し出しているだろうか。肩や腕や骨盤の動きはどうだろうか。最後に、両足が離れる瞬間がビデオに写っていないだろうか。正面からの撮影では、足が正中線上に着地して、左右にぶれたりしていないだろうか。

 

 問題点がみつかったら、テクニックを改善するために情報を集めよう。体を鍛え、なめらかで自然な動きを手に入れるには練習、練習、そして練習あるのみだ。(続く)