ブーマーウォーク 6.

競歩の技術

 

 

 2007年の春、わたしと息子は春の野球練習試合のためにフロリダに行くことになった。フロリダでは競歩が盛んなことを知っていたので、あらかじめネットで競歩レースが開かれていないか調べてみた。ちょうどヘンリー・ラスコー記念5キロ競歩大会が車で30分くらいの場所で開かれることになっていた。

 

 レースディレクターに問い合わせて見学してもいいか聞いたところ、びっくりしたことに参加の誘いを受けてしまった。

 

 見るだけのつもりであったが、念のためウェアの準備だけはしておいたのが幸いした。会場でもう一度参加の意志を聞かれた。当時はまだUSATF(全米陸競)のメンバーでなかったので、入賞の資格外だった。だが歩くことはできるので、Tシャツに着替え、審判のいるレースに出てみることにした。いったいほかのどんなスポーツでいきなり地方選手権に参加することができるだろうか?

 

 ラスコー氏の息子さんがスターターを務めた。ラスコー氏の名前を聞いてもぴんと来なかった。しかしジェフ・サルベージの本Racewalk Like a Championにはラスコーやほかの著名な競歩選手のことが載っている。ラスコー氏はドイツの傑出した中距離走の選手だったがナチの強制労働キャンプから脱出し、アメリカで競歩選手になった。40,50年代にオリンピックのアメリカ代表に3回、国内タイトルを43回とり、多くのアメリカ記録を出した。1951年にはマジソンスクエアガーデンで1マイル(1.6キロ)6分12秒2の世界記録を打ち立てた。サルベージによればラスコー氏はアメリカ競歩界の総監督的存在だということだ。彼は 2000年、83歳で亡くなった。

 

 レースそのものは当時の私にとって最長であり、レッドカードをもらわずに完走を果たした。後ろには数人の選手がいたが、かなりの年配の人が多いようであった。

 

 レース終了後、フランク・アロンギの講習会があった。アロンギ自身は1948・1952年のオリンピックで長距離走のイタリア代表選手だった人だ。兄弟に競歩選手がいたためか、競歩のバイオメカニクスを研究して博士号を取得した。1950年代中ごろにアメリカに来てから、余暇を競歩の指導・育成に費やした。

 

 アロンギはスローモーションでテクニックを解説してくれた。前足のかかとの着地が前に行きすぎないこと。ひざをまっすぐにし足首は曲げたままで、つま先が上を向くようにすること。からだが前方に移動し、からだの下で足が垂直になるまでかかとからつま先へ体重を移す。靴のつま先は上を向いたままにする。したがって足底がロッキングチェアのはたらきをすること。からだがさらに前に行くとつま先に体重がかかりかかとが地面から離れていく。この瞬間足首を伸ばし、つま先でで地面を押してからだを前に出す。次の4つの写真はわたしがアロンギから教わったテクニックを再現したものである。

 

 

 

図4-1 かかと接地のとき足首とつま先は上を向いて曲がっている

 

 

 

図4-2 足がロッキング運動を行い足底が着地しても足首は曲がったままである

 

 

 

図4-3 足が後ろに流れるときかかとが地面を離れていく

 

 

 

図4-4 足が地面から離れようとするときに足首とつま先でからだを押し出す

 

 

 

 ランニング・ジョギングとかなり違うことがわかったと思う。ランやジョグの場合かかと着地の時につきあげる力がかかる。このとき足首が伸展して足の裏が地面をたたく。競歩ではかかとへの衝撃が少ないため、足首を曲げてつま先を上に向けたまま足を動かすことができる。かかとの低い競歩向けのシューズを使えばこの動きがスムーズにできる。かかとが厚いと、着地の際に足の位置が高くなって足首を曲げたままにするのが困難となり、きちんとしたロッキング(揺り椅子)運動ができなくなる。

 

前は短く 後は長く

 

 競歩を始める前、地元のスポーツクラブでトレッドミルをやりこんだ。スピードをあげたいときは機械のスピードを上げて、前足を大きく伸ばし、歩幅を広げればよかった。身長が195センチあるので、足を伸ばせばかなり歩幅を稼げるのだ。

 

 だがこれは競歩のやり方ではない。競歩の二番目のルールがあるので、前に伸ばした足は必ずかかとから着地する。からだが前に進んでいるときに、あしを伸ばしたまま前方に着地することでどうなるかはよくわかるはずだ。足がブレーキになり、からだの全身運動にストップがかかる。だから前に進み続けるためには、まっすぐにした足の上をのりこえていかなければならない。

 

 しかし、からだのほんのちょっと前に前足が着地するとしたら、ブレーキは最小限になり大した抵抗もなく体は足の上を乗り越えられる。ストライドのバランスは前に30%、後ろに70%がベストだという意見がある。これが私の目標とするところだが、からだがかたいので、そこまで行くにはまだまだ時間がかかりそうだ。