医学部の学生の時です。ある日腹痛と下痢を発症し、通学の電車を何回も下車してトイレに駆け込みました。次の日からほぼトイレにすわりっぱなしとなり、脱水対策の塩をなめながら数日すごし、落ち着いてからよろよろと通学先の大学病院を受診しました。
内科の教授が診てくれました。自分の考えではアメーバ赤痢かもしれないと説明すると、「君は最近熱帯地方に行ったのかね?」と聞かれ、「まったくありません!」「じゃ、なんか生ものでも食べなかった?」「前の日に居酒屋でサケのルイベを食べました!」「たぶん食中毒だねえ。薬出しとくから飲んどいてね」ということで無事良くなりました。
典型的な「生兵法はけがのもと」でしたが、本人にしてみれば笑い事ではなく、ほんとうに死ぬんじゃないかと思いました。ずっと家の中に一人でいて、塩をなめながら家に置いてあった「家庭の医学」を読み込むうちに不安をふくらませてしまったのです。今回はからだの症状そのものより考え方を扱います。
1 不快・不安はあたりまえ
先を見通せないジャングルの中。かさかさと葉のこすれる音が聞こえ、茂みの奥では何かが動いたようだ。毒蛇や猛獣を気にしながらゆっくりと進むが、足もとで「ポキン!」と音がした瞬間、頭上で何かが叫んだ!
こんな状況ではだれでも不安を感じるはずです。ほんとうの危険が起きる前にあらかじめ危険の可能性を予測する。いざというときに対応できるように心も体も準備しておく。この危険対応モードが不安の正体です。
いっぽう不快は文字通りからだにいやな症状があることで、問題が起きていると知らせてくれるアラームサインです。痛いところをかばったり、体調不良で寝転がったりするのはアラームサインがあるからできることで、不快・不安ともにからだに必要な機能だといえるでしょう。
2 不安のメカニズム
不安のような目に見えないことを調べるのはとても難しいことなのですが、脳科学の進歩からいろいろとわかってきました。不安がとても強い人たちの場合、脳の狭い領域で考えがぐるぐるとうずまいていて、ほかの領域に刺激が広がっていかないことがわかりました。とくに偏桃体という不安や恐怖に関係する部位が活発に働いていて、「落ち着いて考える」領域に刺激が広がっていかないことがわかりました。
このことからわかるのは、いつも同じことを考えつづけるよりも、多彩な刺激を脳に与えることで脳のいろいろな部位を働かせることが脳の健康にとても大切だということです。不安(危険対応モード)はあくまで非常モードですから、ずっと続けていたら心も体も疲れてしまいます。原始時代に発達した危機対応用の脳の仕組みを、今の暮らしに合うようにうまくコントロールする必要があるのです。
3 不安と向き合う
不安が続くときに自分でできることは二つあります。一つは正直に不安と向き合うことです。何に対して不安を感じているか考えてみます。落ち着いて考えるには、口に出して言ってみる、紙に書き出してみるなど頭の中身を一回おもてに出してみるといいでしょう。だれかに話してみるのもいいですし、日記を書くだけでも不安が軽くなります。
不安を感じる理由は一つではないことが多いので、できるだけ具体的に箇条書きにするとわかりやすいです。つぎに自分ができることを探します。案ずるは産むがやすしで、すぐにできることはやってみましょう。ちょっとしたことが意外な発見・安心をもたらしたりします。
二つ目は今の気持ちにばかり集中しない、させないことです。先に書いたように、気持ちがぐるぐるとせまいところを回り続けるのはいいことではありません。何かを楽しんだり面白がったり、味わったり感動したり、あるいはしんどいとかすっきりとか感じる心の領域が誰にもありますから、そこを刺激すれば脳のバランス=心のバランスが回復していきます。小さいことでいいので、今の生活からちょっとはなれた何かをやってみる・経験することです。
4 コロナウイルスと私たち
いまコロナウイルスの話が私たちの心に重くのしかかっています。大事な情報を入手して、できる予防策を行うのは大切なことです。現在までの報告で、屋外で人が密集しない環境では感染の危険がまずないと考えられていますから、かぜ気味や花粉症の方でなければ、外出して散歩することをお勧めします。不安ならマスクはつけたままでよいと思います。
2,3週動かないと体力や内臓機能も落ちてきますし、日光を浴びることで体内合成できるビタミンDは免疫機能に大切な働きを持っています。自然のエレメント(風、陽ざし、花の色・香り、音、雲の動きなど)で五感を刺激し、心のバランスを取り戻しましょう。
ネット、SNSを見る時間は最小限にして、好きな本や映画を見たり、楽しいテレビ番組を見るのも手です。SNSでもインスタグラムやピンタレストは明るい内容が多くておすすめです。先が見えないと不安を感じるのは当然ですが、出口のないトンネルはありません。ここは気持ちをしっかり持って、みんなで乗り切りましょう。