(アーカイブ;2006年11月号)
ある日、Aさんは膝が痛くなりました。痛いので、歩いていいかどうか不安だったのですが、病院に行くと、「歩いてかまいません」といわれ、大喜びで歩いていました。すると、だんだんと痛みがとれて、「本当に歩いてよかったんだ」と思いました。
Bさんも、急に膝が痛くなったので、病院に行きました。ところが、お医者さんから「歩いてはいけません」と言われ、がっかりしましたが、がまんして歩かないようにしました。すると、だんだんと痛みがとれてきたので、もう一度相談すると、「歩いていいですよ」と言われたのです。歩いてみると、ほんとうに痛みがなくなっていました。
みなさんのまわりにも、AさんやBさんのような人がきっといるかもしれません。どちらの人も、ひざが痛くて相談したのに、言われたことはまったくちがいます。どうして、そんなことになるのでしょう?
「そりゃ、ひざが痛いからといって、みんな病気の種類がちがうんだから、あたりまえでしょ」
そう、そのとおりなのですが、ふつう、お医者さんって「だいじにしてください」としか言わないじゃないですか。患者さんとのあいさつだって「おだいじに」っていうでしょ?
「そういえばそうね。このあいだ、かぜひいて病院にいったら、からだを冷やさないようにして、だいじにしなさいって言われたわ。おなかこわしたときも、消化のいいものを食べてだいじにしなさいって言われたっけ。やっぱり、からだをなおすためには、からだをいたわらなければならないから、だいじにしろって言うのはまちがってないんじゃないのかな。」
その通り。ふつうのからだの故障って、だいじにするのが、治るための基本になるわけです。内科のお医者さんが、そういうのはまちがっていません。ところが、手足の故障のときは、だいじにするとかえって悪くなることがあるので、歩けといったり、歩くなといったり使いわけるのです。
「でも、どういうときに歩いても良くて、どんなときにはいけないのか、理由がわからないと不安だな。」
たしかにそうですね。そのへんの指導のコツを、今回は教えちゃいましょう。
じつは、意外とかんたんなんです。かんたんすぎてがっかりするかな?
1 歩き始めは痛いけれど、歩いてしまえば痛くない人
⇒オーケー。あなたはだいじょうぶ。
2 歩いていても少し痛いけれど、かばうほどではないし、痛みが強くなることもない人
⇒いつもと同じように歩いてください。
3 歩くと痛みがあって、どうしてもかばってしまうけれど、歩いた後の痛みは今までと変わらない人
⇒歩いてください。毎日の痛みの強さを比べてみて、悪くなってくるようなら、お医者さんに相談しましょう。
4 歩くと痛みがあって、どうしてもかばってしまうし、歩いた後はいっそう痛みが強くなる人
⇒できるだけ歩く量を減らしましょう。階段も避けたほうがいいでしょう。
5 じっとしていても痛みがある人
⇒歩くのをさけて、お医者さんに相談しましょう。
この5つのうち、どれが自分に当てはまるか考えてみてください。ひざ痛の相談を聞いていると、最初の3つにあてはまる人が全体の八割くらい、4と5が一割ずつといったところでしょうか。
つまり、かなりの人が、歩きながら膝を治していけばよいことになるわけです。
歩いていても、膝が治ってくる理由は、膝そのもののしくみにあります。
おおざっぱに言うならば、膝を作っているものは、骨、軟骨、筋肉です。ぜんぜんちがうもののように思えるかもしれませんが、組織の構造はとてもよく似ています。結合組織といって、微細なせんい状の構造が集まって、複雑な形を作っており、そのあいだに骨、軟骨、筋肉のもとになる細胞がはさまっています。少しむずかしい説明をすると、こういう組織を間葉系組織といい、内臓や脳とはおおもとの細胞がちがうと考えられています。こういった細胞は、変形やストレスに強く、むしろ力がかかることで元気になったり長持ちになる傾向があります。
歩いていてもだいじょうぶというより、元気になるためには適度な負担、すなわち歩くことが必要というわけですね。だから、診察室から患者さんを送り出すときには、「がんばって歩いてください」ということが多くなるのです。
でも、あいさつがわりの「おだいじに」も、ついつい言ってしまうですよ。お医者さんの悲しいくせかもしれませんね。