(アーカイブ;2006年6月号より)
みなさんは「ドラゴン桜」というマンガをごぞんじでしょうか?少し前に、阿部寛主演でテレビドラマもやっていました。落ちこぼれの集まった学校に乗り込んだ主人公が音頭をとって、学校をどんどんと変えていくという話です。目標は「東大に入る」ということ。生徒をふくめ周囲の誰もがまったく信用しないなかで、主人公はつぎつぎと手をうって生徒や先生をその気にさせていきます。そして、いよいよ受験となり、その結果は…。
マンガだから、そんないいかげんな話ができるんだ、と思う向きもあるでしょう。たしかにそうなんですが、おもしろいのは、今年の東大受験者数が大きく増えたことです。これは「ドラゴン桜」を読んだ受験生のなかには、オレも東大受けてみっか!と思った人がけっこういたのではないのかな、と言われているんですね。
軽はずみといわれるかもしれないけれど、とにかく受けてみた。受かった人もいるでしょうが、落ちた人もいっぱいいるでしょう。しかし、いままで東大のトの字も考えていなかった人たちが「俺もやってみっか!」「あたしもチャレンジしてみよう!」と考えたことは、すごく大きいことだと思います。はじめからダメだと思っていたら、何も生まれない。やってみたら、思いもかけないチャンスがめぐってくるかもしれない。そういう気持ちを持つことができたら、世の中を渡っていく上でも大きな財産になるのではないでしょうか。
さて、受験も学生時代も遠いむかしと思っているあなた。いえ、だからどうって言うわけではありませんよ。わたしもそのひとりです。
いまは、来た患者さんに何とか元気になってもらいたいと思って、小さな診療所でちょこまかと仕事をしています。医者になったからには、なっとくできる仕事をしたい。だから、患者さんにはいろいろお話します。診療所でできることには限りがある。けれども、ちょっとしたきっかけで、びっくりするくらい元気になる人もいる。そのいっぽう、なかなか元気にならない人もいる。こちらの治療が未熟だという場合もあるでしょうし、病気の性質上、すっきりとなおらないという場合もあります。しかしながら、たくさんの患者さんを診ていると、良くなるか良くならないかの分岐点は意外と小さなところにある。そう思います。
それは「本人のやる気」。あたまでわかっているとかわかっていないとかではなくて、実際に行動にうつす能力があるかどうかです。感染症のような急性の病気や、ごく一部の悪性の病気をのぞくと、町の診療所にあふれている患者さんの症状のほとんどは、生活や仕事の中に本当の理由があるもの、ストレスをためこんだり、働きすぎたり、自分のからだに気をくばらなすぎたり、なにがしかの原因がみつかるものです。
それは、内科も整形外科も同じ。原因をとりさるために、生活習慣を変えたり、新しい習慣を取り入れたりすることで、からだはぐっと良くなってきます。本人さえその気になってくれれば、もっと良くなるのに、もったいないなあと思うこともしばしばです。
これは、年齢に関係ありません。若くても、動かない人は動かない。年をとっても、いいと思えることはさっと実行する人もいます。たしかに、年齢が高くなると、頭の固い人が多くなります。引っ込み思案というか、できない理由をつぎつぎと考えて、できる理由には目をつぶってしまう。もっと前向きになったら、もっと元気になることができるのにと思ってしまいます。
ここで問題となるのが「ムリをする」ということばです。整形外科ですから、動かして何ぼのところを治療しているわけです。良くなってきたら、患者さんに動かせ、動かせと指導するのですが、このとき、患者さんから「少しくらいムリをしてもいいんでしょうか?」と聞かれて、「エエ!ムリしてイインですよ!」とはなかなか言いにくいんです。ムリなんかさせたら、どこかおかしくなってしまうかもしれない、後で責められたらどうしよう、と思ってしまうんですね、お医者さんも。
でも、ぐっとこらえて、こういうふうに質問してみます。
「それで、あなたのいうムリって、具体的にはどれくらいのムリなんでしょうか?」
答えは、たいていカワイイものです。じつはエベレストに登りたいとか、つぎのオリンピックに出たいとか言われたことは、まだありません。今まで行けなかった近所のスーパーまで行ってみたいとか、池袋のデパートに久しぶりに食事をしたいとか、せいぜいそんなものです。
それでも、その患者さんにとっては、心理的な大きなかべになっていて、なかなか実行にうつせないでいるんです。だから「ムリ」ということばを使うんですね。
こういう人には、腰を押してあげる必要がある。「いいんですよ!ムリしてください。」「何かあってもめんどうみますからだいじょうぶですよ!」と。そうです、あなたのムリはムリではありません。
元気になるためには、今よりもからだを動かしていくことが大事です。ちょっとだけの勇気があれば、あなたの世界は広がります。
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